東御市 巨峰栽培の歴史は、この一本の樹から始まった。

70年間、実り続けるお母さんの樹。

美味しいものが与えてくれる喜び。
それは、食べた人の心に残る“笑顔”です。
秀果園は、その笑顔のために、
半世紀以上ぶどうと向き合ってきました。
ただ美味しいだけではなく、
安心して食べられる、本当に価値ある果物を届けたい。
その想いが、すべての原点です。

原点は「夢」

すべての始まりは、
一つの言葉でした。

「日本一のぶどうを、自分の手で作ってみたい」

日本一と言われる高級品種『マスカット・オブ・アレキサンドリア』のような素晴らしいぶどうを、この地(東御)で育ててみたい。
その夢を抱き、当時まだ世に出たばかりの『巨峰』の露地栽培に挑んだのが秀果園の原点となりました。

巨峰の原点にある一本の樹


今年で70年を迎える、一本の樹があります。
それは、巨峰栽培のはじまりとなった「母の樹」。
ここ東御市における巨峰づくりは、
この樹から始まりました。
長い年月を経た今もなお、
その樹は変わらず実をつけ続けています。
自然と向き合い、
技術を重ね、
人の想いが受け継がれてきた証です。
この一房には、
1956年(昭和31年)の植樹から、2026年でちょうど70年の時間が宿っています。

6月の秀果園

当時、日本の気候では難しいとされていた
ぶどうの露地栽培。

昭和31年、秀果園は巨峰の栽培に挑みます。

しかし現実は厳しく、
巨峰は実が落ちやすく、当時の技術では露地栽培は不可能と言われていました。
来る日も来る日も畑に立ち、10年間の試行錯誤の連続でした。


■ 技術と経験の積み重ね

栽培理論を学び、何度も失敗を重ねながら、
少しずつ品質は向上していきます。

やがてそのぶどうは評価され、
東京・神田や築地の市場へ。

さらに有名果物専門店でも扱われるようになりました。

秀果園が植えた1本の母の樹から始まった挑戦は、やがて地域全体へと広がり、現在の『巨峰の王国・東御市』を形作ることとなりました。


■ 確かな評価へ

「本当に美味しい」

その一言が、
すべての努力を支えてきました。

現在では、遠方から直接農園を訪れるお客様も増え、
秀果園のぶどうは確かな信頼をいただいています。


■ 秀果園のこだわり

■ 自然環境

信州・浅間山麓
降雨量が少なく、ぶどう栽培に適した環境


■ 栽培への姿勢

  • 新品種への挑戦
  • 栽培技術の継続的な向上
  • 安全で安心な果物づくり

■ 品質への考え

「美味しさ」と「安心」は切り離せないものだからこそ、
手間を惜しまない栽培を続けています


■ これからの挑戦

農業を取り巻く環境は大きく変化しています。

その中で秀果園は、
次の時代へ向けて新たな挑戦を続けていきます。過去の積み重ねを礎に、
これからも「夢」を形にしていきます。


■ 商品への想い

秀果園のぶどうは、単なる果物ではありません。

70年以上にわたる挑戦と、
技術、経験、そして想いが詰まっています。一粒一粒に込められた価値を、
ぜひ体験してください。